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折りたたみ北京 ~ 現代中国SFアンソロジー

『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』 ケン・リュウによる中国SFアンソロジー。SFも他の文学ジャンル同様、その時代、その国の人々の考えを映し出す鏡です。表題作である郝 景芳(ハオ・ジンファン)の「折りたたみ北京」では、折りたたまれ続ける都市に文字通り分断され届かぬ人々の思いが丁寧に描写されます。 陳楸帆(チェン・チウファン)の3篇は、科学技術に人間性が浸食されていくような状況において、なお根源的な欲望、喜怒哀楽を描いた作品。「鼠年」における青年兵の葛藤、それをあざ笑うテクノロジー企業の暴虐な意思。時間の流れ、その感じ方さえ経済に利用される格差社会を描いた「麗江の魚」。テクノロジーを越えた愛憎を切り取る「沙嘴の花」。どれも絶品。 夏笳(シア・ジア)の3篇は、少しやさしくすれば子ども向けSF童話になりそうで、その実、内在しているものはハード。「お化けには学校も試験も何にもない」ことの哀しみを切り取る「百鬼夜行街」、テクノロジーを利用した世界と祖父、祖父と孫の斬新なふれあい、「童童(トントン)の夏」。3つ目の「竜馬夜行」で蝙蝠が語るセリフがいいです。 「好きにしていいのよ。人がいなくなっても世界は続く。ほら、今夜の月はこんなにきれい。歌いたければ歌えばいいし、歌いたくなければ寝ていればいい。歌えば世界が聞く。黙すれば万物の歌が聞こえる」 劉慈欣(リウ・ツーシン)の「神様の介護係」には恐れ入った。高齢社会の問題を揶揄した短編かな?と思ったら、終盤に神様が明かす宇宙の絶望的な秘密と、これ以上なくロマンチックな宇宙の最期。完璧です。

アメリカ社会においてインド出身であること

『ファミリー・ライフ 』アキール・シャルマ著 小野正嗣訳 インド・デリー生まれニューヨーク在住の作家アキール・シャルマ(Sharma,Akhil)の自伝的長編『Family Life』を読みました。 アメリカ社会においてインド出身であること、脳挫傷で寝たきりになった兄を家族で介護しなければならないこと、両親の確執の果てに父がアルコール依存症になってしまったこと、それらを通して少年の視点で、人と人が適切に分かり合うことがいかに難しく稀有なことかが描かれている、そう思いました。 医療福祉に携わる人、身近なひとの介護やアルコールの問題を経験したひとだけでなく万人にお勧めしたいです。家族の普遍的な問題、地域社会のことがら、日常的な差別、いじめ、思春期の葛藤、さまざまなことに通じると思います。 男がひとり、妻と別れた話をした。息子にバースデーカードを送りたいときには、子ども達との接触が許されていないので、保護司の前で書かなければならないという。こうした話のどこが飲酒と関係があるのか僕には理解できなかった。こんな振る舞いをしているのに、それでも白人は僕らより偉いのだと思うとだんだん腹が立ってきた。(P181) 「ここにはいい医者がいる」と父は言った。「看護師もとてもいい。なに、ありふれた問題なんだよ、この飲酒ってやつはさ」、父はほほえみ、自信ありげに喋っていた。その自身ゆえに、父が妄想にとらわれているように見えた。(中略)父が喋れば喋るほど、父を失っていく気がした。(P174) 「命より大切な兄貴」と僕は言ってみた。(中略)メロドラマ的なことを口にすれば、子どもじみた愚かしいことを言っているように聞こえるし、そうすれば自分が元気であることの幸運を責められずに済むだろう。(P120)

日常にして奇妙な異世界を旅する4冊

『小型哺乳類館』トマス・ピアース 著 真田由美子訳 トマス・ピアース(Thomas Pierce)の処女短編集を読みました。1982年サウスカロライナ州生まれ、バージニア大学創作家卒、全米図書協会の「35歳未満の注目作家」に選ばれています。 『中国行きのスロウ・ボート』を読み返したくなりました。初期の村上春樹を思い起こさせるヴォイス(文体)。簡潔にして普遍、日常にして奇妙な異世界。 アメリカの公共ラジオ局NPRで5年間プロデューサーを務めた経歴ゆえか、ヴァン・モリソン(Van Morrison)を子守唄に口ずさんだり、随所にロックの固有名詞が挿入される辺りも嬉しいけれど、何より不思議なメタファーの使い方が秀逸。聖書的世界観と現代社会の在りようの奇妙な”ねじれ”に根ざしています。 TVのヴァラエティー番組で蘇ったクローンのマンモス。それを息子に頼まれて飼育するはめになるお婆さんの話(「シャーリー・テンプル3号」)、恋人の夢の中でまざまざと息づく人物を探す内に人間関係が錯綜してしまう「実在のアラン・ガス」、愛人との間にできた息子にまつまる嫉妬とかすかな希望(「未だいたらぬフィーリクス」)、恋人の息子との確執と絶滅危惧種の猿にまつまる小品で表題作「小型哺乳類館」、死んだ弟が未知のウイルスの感染源であり国家間を船で移動する「追ってご連絡差し上げます」などなど。 言い表しがたい孤独、寂寥、虚無感と、周囲で渦巻く人々の思惑。共時的に進行していくものごとは、結論を断定しないからこそ、後味が尾を引きます。自分もかつてこんなことを体験したかもしれない。あるいは全く無関係かもしれない。 2018年1月に初の長編『The Afterlives』が上梓されました。 『SOLO』ラーナー・ダスグプタ著 西田英恵訳 母親、恋人、そして大切な親友への想い。科学への情熱、音楽への憧憬。主流でないこと、世界を動かすこと、誰かを愛すること、愛されること、安心して甘えられること。もし彼が(彼女が)生きていたら。母さんに甘え(を支え)ることができていたら。たくさんのifの物語。 イギリス・カンタベリー生まれのインド系英国人作家ラーナ・ダスグプタ(Rana Dasgupta)による2部制の長編小説です。第1部が現実、第2部が白昼夢の世界を描いたという意味で

人種差別とSF / ファンタジーにまつわる4冊

『ネバーホーム』 レアード・ハント 著 柴田元幸 訳 わたしたちはみんな死を下着に着ていた。 わたしの馬は、わたしたち両方が受けた銃弾の夢を見ているんだ。 世界がぜったいあたしを見ない場所をどう見つけるか、あたし知ってるのよ。あたし、影のなかもあるけるし、光のなかもあるけるのよ。 うちの亭主が「希望を虐殺のエサにしに」とか言って出ていったときにフィドル置いていったのよ この男が怖いのは銃弾ではないからだ。怖いのは太陽であり、大地であり、空気であり、それ全部であり、空だからだ。 なんだか彫像みたいだ。あらゆる時代を貫く、痛みの像。 (それぞれ、本文から抜粋)  レアード・ハント(Laird Hunt) 著 柴田元幸 訳『ネバーホーム』(Never Home)は、南北戦争に従軍した女性兵士の物語です。過去や幻が交錯し、正気と狂気の区別もあいまいになる。野蛮な描写のなかに哀しいくらいロマンチックな風景が重なる。物語とはこういうものだと思います。わけがわからないけれど夢中になって読んでしまう。 『ハックルベリー・フィンの冒けん』マーク・トウェイン 著 柴田元幸訳 ヘミングウェイは「今日のアメリカ文学はすべてマーク・トウェインのハックルベリー・フィンという1冊の本から出ている」と評したそうです。 児童文学の強みは、子どもの無邪気な視点でもって大人の世界を痛烈に皮肉ったり批判できることかもしれないです。 トム・ソーヤの冒険で大金を手に入れた浮浪児ハックのところへ、アルコール依存症の父親が金をせしめにやってきたり。旅の途中で王だの侯爵だの名乗る詐欺師たちに出会うと、こいつら父親に似てるな、嘘つきだなとハックは勘づくけれど、でも、「世の王侯貴族がこのペテン師どもとどこが違う? むしろこいつらのほうがマシかもしれない」とさえ思ってしまう。 そもそもアメリカという国自体が、ネイティヴ・アメリカン(インディアン)からの簒奪と、アフリカから連れてきた黒人(ニガー、くろんぼ)の酷使で作られていったわけで。それを野生児ハックの視点でさらっと指摘してしまう。いつだって「王様は裸だ」と叫ぶのは、常識や因習に縛られない子どもたちです。 『H・P・ラヴクラフト』 ミシェル・ウエルベック 著 星埜守之 訳 クトゥルフ神話体系の源流、

JOE MEEK - I Hear New World(私は新しい世界を聴いた)

真の意味で自分以外の他者を知る、そして知りえた何かを表現するということは本来、命がけの行為だ。デヴィッド・ボウイが「Space Oddity」で歌ったように、地球の外側からこの世界の真実を知ってしまった日には、広大な何もない宇宙で発狂するかもしれない。 このアルバムの主人公ジョー・ミークは、バス・ルーム・サウンドと呼ばれる独自の音世界を構築した、イギリスのプロデューサーである。1960年当時、他に類を見なかったオーヴァー・ダビングやコンプレッション、派手なリヴァーブ、テープ・ループを駆使したサウンドは、後世においてイギリスのフィル・スペクターとも形容された。彼は楽器を弾けないどころか譜面さえまともに読めなかったという。しかし鼻歌を録音したテープをミュージシャンに聞かせ、演奏させた音を元に多重録音し編集した。いわばラップトップ・アーティストの走りであり、今なら打ち込みで再現する音を自力で創り上げていった。対人接触を避け孤独を好む性質だった彼は、自宅録音で、より風変わりな音を探し求めた。ついには月面旅行を、宇宙空間を描き出すコンセプト・アルバムを作ろうと思いつく。音楽における挑戦とはしばしば新しい世界を創造する試みでもある。とはいえ人間が作った地上の装置で、はたして宇宙の摂理を表現できるのだろうか? 高速回転させた虫声のようなヴォーカル・ハーモニーが響く「I Hear A New World」で本作は幕を開ける。マラカスと哀愁のスティール・ギターで月の軌道をなぞる「Orbit Around The Moon」から3曲目「Moon Entry Of The Globbots」で月面のパレードに遭遇する。陽気な声と青い顔の月面人。4~6曲目にかけて彼らのラヴ・ダンス(求愛の踊り)が続く。弦楽器がとぼけた泡のような光を表現する本作のハイライトだ。7曲目「Glob Waterfall」では月の奥深くから湧き上がる滝を見る。続く「Magnetic Field」で無重力における奇妙キテレツな動きに面くらい、そして9曲目「Valley Of The Saroos」で月の谷間に住む緑色の人々に出会う。気の抜けるリズムにずるずる引き込まれて、もがいたあげく我々の宇宙船は地球に帰れなくなる。ラストの「Valley Of No Return」は穏やかでどこか安堵感ただよう結末を鳴らす

The Cars~クールなんだけど、同時にいい意味で、陽気でアホっぽくて、少しだけ哀しい音楽

The Cars のベスト盤を聴いています。 Roxy Music を彷彿とさせるリック・オケイセックのヴォーカルとエレクトロ・サウンド、そこにエリオット・イーストンのいかにもアメリカ的な渋いギターが絡み合う。ドラムスのデヴィッド・ロビンスンは Modern Lovers のオリジナル・メンバー。 76年ボストンで結成。50年代のロカビリーと80年代ニュー・ウェイヴを先取りして融合させたかのようなアプローチは、 Devo や Talking Heads とも比較されたようです。加えて彼らには QUEEN のようなゴージャスさもある。実際に初期4作はQUEEN同様ロイ・トーマス・ベイカーのプロデュース。 リック・オケイセックがWEEZERをプロデュースしていたり、後のパワーポップ勢にも大きな影響を及ぼしているとか。クールなんだけど、同時にいい意味で、陽気でアホっぽくて、少しだけ哀しい音楽。 YouTube  The Cars "You Might Think"