Skip to main content

人種差別とSF / ファンタジーにまつわる4冊

『ネバーホーム』 レアード・ハント 著 柴田元幸 訳

わたしたちはみんな死を下着に着ていた。

わたしの馬は、わたしたち両方が受けた銃弾の夢を見ているんだ。
世界がぜったいあたしを見ない場所をどう見つけるか、あたし知ってるのよ。あたし、影のなかもあるけるし、光のなかもあるけるのよ。
うちの亭主が「希望を虐殺のエサにしに」とか言って出ていったときにフィドル置いていったのよ
この男が怖いのは銃弾ではないからだ。怖いのは太陽であり、大地であり、空気であり、それ全部であり、空だからだ。
なんだか彫像みたいだ。あらゆる時代を貫く、痛みの像。
(それぞれ、本文から抜粋)

 レアード・ハント(Laird Hunt) 著 柴田元幸 訳『ネバーホーム』(Never Home)は、南北戦争に従軍した女性兵士の物語です。過去や幻が交錯し、正気と狂気の区別もあいまいになる。野蛮な描写のなかに哀しいくらいロマンチックな風景が重なる。物語とはこういうものだと思います。わけがわからないけれど夢中になって読んでしまう。


『ハックルベリー・フィンの冒けん』マーク・トウェイン 著 柴田元幸訳

ヘミングウェイは「今日のアメリカ文学はすべてマーク・トウェインのハックルベリー・フィンという1冊の本から出ている」と評したそうです。

児童文学の強みは、子どもの無邪気な視点でもって大人の世界を痛烈に皮肉ったり批判できることかもしれないです。

トム・ソーヤの冒険で大金を手に入れた浮浪児ハックのところへ、アルコール依存症の父親が金をせしめにやってきたり。旅の途中で王だの侯爵だの名乗る詐欺師たちに出会うと、こいつら父親に似てるな、嘘つきだなとハックは勘づくけれど、でも、「世の王侯貴族がこのペテン師どもとどこが違う? むしろこいつらのほうがマシかもしれない」とさえ思ってしまう。

そもそもアメリカという国自体が、ネイティヴ・アメリカン(インディアン)からの簒奪と、アフリカから連れてきた黒人(ニガー、くろんぼ)の酷使で作られていったわけで。それを野生児ハックの視点でさらっと指摘してしまう。いつだって「王様は裸だ」と叫ぶのは、常識や因習に縛られない子どもたちです。


『H・P・ラヴクラフト』 ミシェル・ウエルベック 著 星埜守之 訳


クトゥルフ神話体系の源流、H・P・ラヴクラフトの伝記『H・P・ラヴクラフト 世界と人生に抗って』 を読みました。
人類誕生以前から存在する古きものども(The Great Old Ones)を中心とする伝説は、小説、イラスト、アニメーション、ゲームその他、世界中で二次創作が今なお続けられ、クトゥルフ神話体系と呼ばれる壮大な物語となっています。

クトゥルフ神話に影響を受けたなかで最も有名な作家は、本書に序文を寄せているスティーブン・キングでしょう。日本でいえば、諸星大二郎や永井豪の漫画、栗本薫や村上春樹の小説にもその片鱗は見い出せます。

彼の作品の何が、そこまで多くの作家を引き付け魅了し続けているのでしょう。それは「共同体からの疎外」というテーマだと思います。ラヴクラフトの書く典型的なパターンは、「旅行する作家が未知の街で未知の生命体に取り囲まれ、邪悪な神々を垣間見て発狂する」というものです。その悪夢の世界では自分だけが異端者であり、コミュニティーから疎外されているのです。


ミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq) によれば、ラヴクラフトはあらゆる現世的な欲望を忌避しました。富、名声、権力、性欲。つまり資本主義社会を動かす原理全てです。

その彼がたまたま魅力的で積極的な年上の女性に出会い、結婚してニューヨークに移る。人種のるつぼである彼の地で、しかし二人は経済的に破たんし、ラヴクラフトは職に就けるはずもなく、結局は妻と別れ故郷に戻る。

「ニューヨークで出会った有色人種への恐怖がクトゥルフ神話を生んだのだろう」と、ミシェル・ウエルベック は推測していますが、半分は当たりで半分は間違いだと思います。

肌の色が異なる腕っぷしの強そうな人々がラヴクラフトを圧倒したことは想像に難くありません。加えて一度は手に入りかけた人並に誰かを愛すること、自分の作品が認められる希望(ご存じの通り生前の彼は無名でした)、すべてが大都会で木っ端みじんに砕けた。

そのとてつもなくデカい絶望、失望こそが作家ラヴクラフトを生んだのでしょう。人類共通の普遍的無意識の奥底にある恐怖となって表現された。それは統合失調症の発症時の自己不全感と似ています。実際、統合失調症の症状は人類共通の普遍的無意識に端を発するものともいえます。


ラヴクラフトは偏屈で人付き合いの苦手な人物だったようです。その一方で同好の士に対しては限りなく親切で、助言を惜しみませんでした。ゆえに彼が死んだとき多くの仲間が哀しみ、その遺産を整理して、さらに彼が構想した物語の続編を書き続けた。

生涯不遇だった彼の作家としての魂は永遠に、それも世界中で同時並行して生き続けています。あらゆる時間、空間を越えてあまねく存在する恐怖そのもの、クトゥルフの神々と同じように。


『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド 著 谷崎由依 訳

19世紀、アメリカ南部の農園で奴隷として生きる少女の逃亡劇です。
当時Underground Railroadという逃げる奴隷を助ける地下組織があったそう。もしそれが本当に地下を走る鉄道だったとしたら、という設定。SFでありファンタジーであり、史実には基づかないけれど、おそらく事実よりもっと正確な真実を描いています。


例えば、物語後半、奴隷制に反対する人々による演説。

『そしてアメリカも。アメリカこそが、もっともおおきな幻想である。白人種の者たちは信じている ― この土地を手に入れることが彼らの権利だと、心の底から信じているのだ。インディアンを殺すことが。戦争を起こすことが。その兄弟を奴隷とすることが。この国は存在すべきではなかった。(中略) なぜならこの国の土台は殺人、強奪、残虐さでできているから。それでもなお、われらはここにいる。』(P360)


これは本書のテーマの一部を要約していると思います。この小説が2016年度のピュリッツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク賞を受賞し、40以上の言語に翻訳されること、それが端的に今のアメリカが直面する現実を表しています。

アメリカにおける黒人の歴史を描く本を読むと、黒人音楽の起源がよくわかります。アフリカ大陸の様々な場所から連れてこられた黒人の末裔は、母国語も英語も不自由になり、手足を枷でつながれ、お前たちは人間ではない。神に許しを請うべき下等な生き物なのだと、聖書を渡され讃美歌を聴かされる。

手足は繋がれているから、感情を発散するには、何かを表現するには、讃美歌を歌い、腰を振って踊るしかない。アフリカ各地の風俗とヨーロッパの伝統が混ざる。ソウル、ブルース、ゴスペルといった黒人音楽が生まれる。


最後に、「地下鉄道」について作中で語られる内容を引用します。

『個人的な、自分だけの秘密で、他人に打ち明ける気にはならなかった。悪い秘密ではない、でも、自分の核に深く、親密に関わっていて、わけることはできない。ひとに話したら、それは消えてしまう。(中略) 「地下鉄道はその運営者たちよりおおきい ― それはきみたちすべてなんだよ。」』(P336)

Popular posts from this blog

UNISON SQUARE GARDEN - Catcher in the Spy

なんといってもサリンジャーを思わせるそのタイトルからの連想で、村上春樹、柴田元幸による対談集『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』と村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読み返してしまった。 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』というタイトルはブラック・ボックス。意味がわからないままで読者に引き渡すしかないと村上は語り、主人公ホールデンの語りはそれ自体で呼吸しているものだという。社会対個人、大きなシステムに抗う個人という観点よりむしろ、そういった状況下における個人の内面的混乱。それを一気呵成に吐き出すこと。そのリズム、グルーヴ感(すなわち呼吸、あるいは鼓動)こそ、この作品の本質だと語っている。 60年代以降に、社会運動と結びついて受け入れられた文脈(社会の偽善を糾弾して、自分の信念こそ正しいとする)ではなく、社会と折り合いがつけられず混乱して引きこもる僕という観点。それは 「境界性パーソナリティー」 文学から 「自閉症スペクトラム」 文学への視点の転回とも言える。 チャップマンがジョン・レノンを射殺したとき、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読んでいたという。彼は理想から外れ、世俗化するジョンを「自分の願う理想のジョン・レノンであり続けてほしいがために」殺した。ホールデンが純粋さをガラスケースに陳列するべきだと願ったように。 でも、ここで重要なのは、ホールデンは純粋さを保護しようとして(ライ麦畑のキャッチャーであろうとして)果たせなかった。子ども達にさえ裏切られたサリンジャーは山奥の小屋に引きこもる。彼は純粋さをコントロールして支配下に置こうなんてこれっぽっちも考えなかった。しかしチャップマンはそれを実行した。聖書を祭り上げた十字軍が遠い異国で異教徒を皆殺しにするように。その愚行は自分自身さえコントロールできなくなる。いや、永遠に社会から抹殺してしまうのに。 社会と折り合えない違和感、それに伴う混乱が問題なのではない。それを解消するために他者を攻撃しコントロールしようとするか、自分自身を打ちのめし傷つけようとするか。つまり他罰的であるか自責的であるかが問題なのだ。 ホールデンは後者だ。作中で何度も自らをわざと痛めつけようとする。この自傷行為の反復は今ならPTSDの症状(心的外傷、すなわちトラウマ体験の反復)と解釈できる。村上春樹は推測...

イアン・カーティスを想う - 時代を変える才能の功罪

直接間接問わず、ジョイ・ディヴィジョンから影響を受けたアーティストは多い。近年でもホラーズやトーイ、バンド名から分かるアイスエイジ、それにパーマ・ヴァイオレッツやサヴェージズ等、挙げ出せばきりがない。30年以上の歳月を経てなお彼らの生み出した音楽が支持されているのは何故だろう。2008年にはオリジナル・アルバムがリマスター再発されたが、2014年には「アン・アイディアル・フォー・リビング」がリマスター12インチ・レコードとして復刻された。このEPは彼らの初リリース作であり、パンクから彼ら独自の音へ移行する過渡期を捉えている。 中心人物であるイアン・カーティスは、しばしば他人の心情を察することができない代わりに、誰も気に留めないような世界の細部を知り、それを曲のモチーフとした。練習でメンバーが偶然弾いたフレーズから選び取り構成した曲に、ストックしていた断片的な歌詞を乗せる手法で、強烈なインパクトを与える曲を生み出していった。EP1曲目の「ワルシャワ」でイアンは「弱さ、過ち、冷酷な事実、矛盾、全てを見通せる」と歌い、最終曲「フェイリャーズ」では「別の種族であり、唯一の存在」と宣言する。これら勢いのあるパンク・ナンバーの他に、呪術めいたインストが続き、曲の半ばから叫びのようなヴォーカルが加わる「ノー・ラヴ・ロスト」、不穏なベース・ラインが全編をリードし、独裁者の演説のようなヴォーカルが響く「リーダーズ・オブ・メン」が収録されている。 前述の歌詞によれば、イアンは「自分は別の種族であり、他人と異なる感性を持っている」と考えていたのかもしれない。精神病や異端であることに常に深い興味を示した彼の苦悩の根本には「生まれつきこだわりが強く、人と相容れない」、「他人の気持ちを推し量ることができない」ことがあったのではないだろうか。妻、デボラ・カーティスが書いた伝記『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』における彼の言動、行動に関する記述を読むにつけ、筆者は個人的に推測する。イアン・カーティスは自閉症スペクトラムの範疇に入る人物だったのではないかと。彼が選び出す独創的なフレーズ、突飛なライヴ・パフォーマンスはその特性に起因するものだったのかもしれない。そしてその特性は様々な日常生活上のトラブルをも招いた。(自閉症スペクトラムは、あくまで特性であり、その程度は千差万別、本...

Gofish - 肺は正常に血液に酸素を送って

Photo :  Tomoya Miura Gofishの新曲「肺」 がすばらしい。テライショウタさんは名古屋のロック・バンド Niceview のシンガー / ギタリストでもあります。 誰もが思い当たる心象風景を歌っているのですが、「肺は正常に血液に酸素を送って / 息をとめて 息を」というコーラスの歌詞が特に印象的です。必死に走った後の乱れる呼吸。肺は正常に働いている。だから休んでいい、安心していい。そういう風に聞こえます。 英語で「息を止める」は「Hold my (your) breath」。日本人の発想では息を抱きしめる、ホールドして固定する。赤ん坊を抱きかかえるようなニュアンスに感じられます。 精神的、あるいは身体的ストレスで過呼吸(パニック障害の一症状)に陥っている場合、息をゆっくりする、呼吸の頻度を遅くする、一時的に息を止めることで、呼吸困難や動悸が収まっていきます。色々と想像の余地がある歌詞です。 海外の友人がこの曲を気に入ったようなのでおおざっぱな英訳も教えました。「肺」は日本語の音でハイ→ 灰(すすけたという歌詞が出てくる)、はい(YES)と同じ音。日本語では必ずしも主語を明確にしなくていい。しかし英訳では推測で主語を加えた。肺は歌っている人の肺かもしれないし、私やあなたや誰かの肺かもしれません。 日本語はあいまいで、時に不便で、それ故に美しいです。 実際の歌詞はSoundCloudをご参照下さい。この英訳は実際の意味と解釈のズレがあるかもしれません 肺(The Lungs) Between the swollen night and the shrunk morning What I worried was that it would rain in the afternoon Wearing a dull blue jacket I am running to the meeting place Because I got off at a bus stop one before where I should do My lungs are properly feeding oxygen to bloods I am holding my breathing...