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夏目漱石 - 抗夫

「それは生きるか死ぬかの体験です。そしてそこからなんとか出てきて、またもとの地上の生活に戻っていく。でも主人公がそういった体験からなにか教訓を得たとか、そこで生きかたが変わったとか、そういうことはとくに書かれていない。」


『海辺のカフカ』で評されているけれど。これはある種の反語表現だと思います。『海辺のカフカ』でカフカ少年が分け入る森の中はリンボー界(辺獄)であり、『抗夫』における深い坑道の底と対応しています。

カフカ少年も『抗夫』の主人公の青年も、そこから確かに何かを携えて戻ってくる。ただし、それは簡単には説明できない。だから書かれていないのではなく、あえて書かなかったのではないでしょうか。

さらに付け加えれば、両作品の主人公はアスペルガー / 広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)くさいことも共通しています。『抗夫』の青年についていえば、彼はシキ(抗夫の世界)の旅を通して、人との関わり方を学んでいきます。いちいちややこしい理屈をひねりながら対処法を編み出していく。自分のなかの正義と他者の正義の間に折り合いをつけるすべを学んでいきます。

特筆すべきは後半、230ページからの安さんという抗夫との出会い。彼は、主人公と境遇が近く10年前後年上、すなわち模範とすべき兄、叔父的存在として描かれています。この主人公を精神科医の笠原嘉がいうところのスチューデント・アパシー(青年期の無気力)だと考えれば、兄、叔父的存在に感化されることによって生きる方向性を見出したのです(笠原嘉『青年期』122ページ参照)。

『抗夫』はエンターティメントとしても面白いです。

『海辺のカフカ』を読んだとき、よく言われる、エディプス・コンプレックスとか発達段階の課題とか、精神分析的な素地は割とどうでもよくて、この作品で一番大切なことは、「掛け値なしに自分が大切だと、誰かに言ってもらうこと。誰かに無条件で受け入れてもらえること」だと思ったのですが、『抗夫』と併せて読むとより感動的。